認めるということ
その昔、私には好きで好きで 「これ以上はないだろう
」 と思える男の人がいました。
思いは伝わり、お付き合いもしました
しかし、やむ得ぬ事情で半年くらいでちゃんと面と向かってお別れも出来ずに別れ、しばらく後に相手からメールで 「幸せを祈っています」的な文言で別れを告げられました
でも、その当時は 「これは一時的な別れだから
」 と確信めいたものがあったので、その後、数年は待ってしまっていました。
しかし、もちろん、彼からも自分からも連絡を取ることは無く、時だけが流れ、気になる男の人が出てきてもなかなか踏み出せずでした。
そして、数年後のある日、車中から同じく車中にいる彼を見かけました。多分、というより、十中八九、彼は気づいていないようでした。
それは直観的に 「最後に会わされた
」 と感じました。
彼と私には距離が出来てしまっているということを実感させるために…確かにそれは悲しいくらいに実感させられたのでした
なので、その恋は終わったものだと自分でも思っていたし、思おうとしていたのも事実でした
しかし、季節柄か、ふいにまた近頃、彼を思い出すのです。
これは一体、何なのか? 過去になったはずの彼なのに… と思って数日を過ごしました。
でも…それは恋ではないかもしれない、形を変えた何とも言い難い思い、それは私の中に未だにあることを私は認めることにしました
彼を思う私の心、思いは今も私の中にある
そう気付いた時に、ふいに友達のかんのさんからのライブのお誘いがありました。
かんのさん以外、誰も知り合いがいない会だったけれど、私の行動範囲を広げるためにも一歩踏み出して行ってみることにし、それが昨夜でした。
しほさんの歌ともとくらさんのライアー(竪琴)演奏
。その中で『いのちの歌』という歌を歌われた際、歌詞が響いて泣いていました
生きていることの意味 問いかけるそのたびに 胸をよぎる 愛しい人々のあたたかさ この星の片隅で めぐり会えた奇跡は どんな宝石よりも たいせつな宝物 泣きたい日もある 絶望に嘆く日も そんな時そばにいて 寄り添うあなたの影 二人で歌えば 懐かしくよみがえる ふるさとの夕焼けの 優しいあのぬくもり 本当にだいじなものは 隠れて見えない ささやかすぎる日々の中に かけがえない喜びがある いつかは誰でも この星にさよならを する時が来るけれど 命は継がれてゆく 生まれてきたこと 育ててもらえたこと 出会ったこと 笑ったこと そのすべてにありがとう この命にありがとう
こんな感覚を愛と呼ぶのなら私の彼への思いはそこに昇華したのかもしれないけれど、まだそこまでにはいってない気も大いにあったりで…
そんな愛の話を近頃は耳にすることもありで、これはある種の引き寄せ?!と思ってみたり。
でも、やはり彼には幸せでいてほしい。自分の思い描く人生であって欲しいと思う今日です


