しおん
姉の家にいるロングヘアのミニチュアダックスフンド(♂)の名前です。
御年 14歳!!
今月上旬までは目は白内障で見えないながらも、身体は元気で家の中でトコトコと走っていたのですが、甥っ子が人間の食べ物を一気に必要以上、与えたのをきっかけに下痢と嘔吐をし、グッタリしてしまったのです
動物病院に連れて行っても獣医さんが 「これは脱水じゃない」 と言われたらしく、輸液はしてもらえなかったと後から聞き、私は激怒

案の定、具合は良くならず、先週に至っては 「…もう駄目かも
」 ってくらいにまで悪化してしまいました。
留学に旅立つ甥っ子は心配でならない様子。
私が最初に見に行った時も、ヨロヨロで、尻尾も背骨まで上がらず、下の方でフリッとするだけで、毛並みもボサボサ…
でも、もう一度、病院へ連れて行った数日後、姉から 「ご飯を食べた!ワンって鳴いた
」 と回復を思わせる歓びメールが届き、ご飯が入れば、回復は早かった
けれども、今度は不整脈が出始めました
姉も心配で毎夜、付きっきり。トイレに行って帰って来ると不整脈が出て、彼なりに不安らしく、寄り添ってくるのだそう。その後、脈が安定するまで、約30分は寄り添いが必要で…なので、甥っ子の見送りに行く姉一家のため、私がピンチヒッターとなり、姉の家に宿泊することになりました。
食欲はあるものの、やはり、目が見えない中、自分の体調も思わしく無いので、絶えず、私を探します
そして、やはり、不整脈が出るとぴったりと寄り添ってきて、なぜてと要求します。↓呼吸が辛いのと暑いので、寝る時に腹ばいになっています。
ここからは私の持論。
どこかで聞いたか、読んだかしたのですが、 「動物は死ぬのを怖がってはいない。それは次にあることを知っているから。人間よりよっぽど、潔い高等な魂を持っているのだ」 という言葉に胸を射抜かれたのです。だから、勝手に人間が「何も言えないから、下等だ」とか「可愛そう」だとか「弱い」とかいうのはおかしな話なのです!!!
完全、上から目線で、人間のエゴです!!!
私は約10年前にそれを思い知りました。その時、我が家では御年26歳になる猫
がいました。病院や知らない人が大嫌いだったので、最後は治療もせず、自然のままにまかせようという我が家の意見で老後を見守っていました。
そんな秋のある日、両親は旅行にでかけ、家には私一人。日課の掃除をしていました。
秋で肌寒い日なのに、猫は板張りの床で寝ていたので、座イスに移動させました。ところが、足も立たないのに、座イスから滑り落ち、どうしても床に戻りたい様子。
「わかったよ、掃除が終わるまで待っててね」 と言い聞かせ、掃除を終えました。
すると、明らかに、それを待っていたかのように荒い息遣いになり、臨終が近い事が判りました。
でも、私は悲しすぎて、しかも一人でこの場に立ち合うなんて耐えられないと思い彼女に 「逝かないで!! 頑張って!」 と耳元で泣きながら言ったのです。
そうしたら、彼女は言いつけ通り、頑張ってくれました。
ただ、それが、だんだんと可哀想で見てられなくなり 「もういいよ、逝っていいよ」 と抱きながら声をかけたのです。
その瞬間、短く 「ニャ」 と鳴いて彼女は旅立ちました。
これは後になってすごく、ひどく、後悔した行為でした。
なので、余計に生死やその人(動物)の感情に関わりコントロールするようなことは絶対にしまい
!!! と誓ったのです。
そして、今回も、 「ただ、痛みや辛さだけは取ってあげたい」 と思い、クォンタムタッチでエネルギーを通そうとしたら、しおんは察して、それすら拒否したのです!
自然の流れにまかせよう。彼はそれを望んでるんだから。
「私はたとえ、寝たきりになっても歩けなくなっても意識が無くなってもそのままのしおんが好きだよ」 と思った先週木曜日に離れていても彼がものすごいエネルギーで喜んで、さらに元気になったのが判ったのです。(後から回復したと聞いたのですが私の答えは 「やっぱりね」)
彼からは 『無条件の愛』 を学びました。
何の返しも期待しない関係です。(人間に対してはまだそこまで至って無いような気がするので
)
この二日間は、寄り添って欲しいなら寄り添うよと彼がしたいようにさせていました。
みっしりと生えそろった頭部の毛並みやうさぎのような足先を見ながら 「あぁ、可愛いな~
」 とだけ思うのです。そして 「無条件だわ~」 と。
この感情がそろそろ、動物以外にも広がっていかないかな
と思う今日この頃です。
ちなみに、しおんは聞くところによると一段と元気になってるようです



