同じこと、そして大きな出来事
昨日、姉が 「友達が不慮の事故で子犬を亡くし、ペットロスになってて、今、新しい子犬を探してるんだけど、なかなか、この子という犬が見つからない」 という相談をしてきました。
私は 「その亡くなった子を念頭に探すと見つかるワケ、無いよ
」 と答えました。
なぜなら、犬は全員、違う!! 亡くなった子犬に対しても、新しく出会う犬に対しても失礼な話だから
と思ったので。
その話はその場で 「そうだよね~」 ということで終了。
さて、このところ、就寝中に色々と考えることが多いです。
今朝もなぜか元彼を思い出していました。 それに伴って前彼のことも
私史上一番、幸せだった元彼との日々。けれど、彼が留学するのを機にお別れという形になってしまいました
それから数年後、前彼と出会い、 「元彼のことはふっ切らなきゃ」 と覚悟を決めたまさにその時に、前彼も前彼女を引きずっていることに気づき、私は振られました
”他人は自分の鏡”とは良く言ったものです、お互い、心の底で思う人がいて、その幻影を今の相手に求めたので、上手くいくワケがありませんでした。
この流れを再考していて、ハッ
と気づきました。
「あれ?! これって私が姉に自ら言ったことと同じことじゃん
人は皆、違うから前を引きずっては失礼なんだよ」 ということに。
「あの幸せ感をもう一度っ!!」 とずっと願っていた私。
でも…別の人とは別の幸せ感を築かなければいけなかったのです
そんな気づきを得て、起床。
今日は注文したハワイの本を受け取りにデパートへ出掛けました
駐車場へ入るレーンに並んでいた時に、ふいにルームミラーから後ろの車を確認しました。
すると、その元彼が運転する車が真後ろに

二度見、三度見して、間違い無いと判断して私の鼓動はMAX
彼が一人で乗っていたなら間違いなく、声をかけたでしょうが、助手席には彼のお母さんが
とにかく駐車しなければと立体駐車場に車を停め、混乱と動揺の中、ヨガ仲間のまさじ(女子です)に電話してしまいました
電話の最中も、目の前を駐車スペースを探している彼の車が通り過ぎるのを見送ることに
私は興奮と動揺で手の震えが止まりませんでした…冷静に判断も出来ないまま、しばらくまさじに電話を付き合っていただき、恐る恐るデパートの中へ。
幸と言おうか不幸と言おうか、デパート内では会わずに無事、帰宅。
この大きな出来事を受け止めも消化も出来ないまま、呆然とし、落ち着くために買ってきたハワイの本
を読みながらウクレレのCDを聴いてみました
思い出しても胸の鼓動は早くなり、ハートや魂の声なんて聞ける状態には程遠く…2時間ほど経って、瞑想というか私達を結び付けてくださった白山神社の菊理姫様にご報告をしました。
実は数日前に、私と元彼をつないでいた帯状のリボンを姫様に返納したのです。
すると姫様は私の腹からすっかり帯を浄化するために白く丸く穴をあけ、浄化してくれたようです。
そのまま瞑想を続けました。この流れに参加してくださってるであろう大天使ガブリエルと聖母マリアと菊理姫様、どなたの声かは判らないのですが 『幸せになってはいけないという気持ちはもういいのです。彼は現世、30歳になるまで、元気に生きていて、幸せになるかどうかは後は彼次第なのだから。罪悪感は持たなくて良い』 と言われ、久々に嗚咽をしながら泣きました
彼は過去世で私の息子で、わけあって赤ちゃんの頃に手放したから。どうも、その罪悪感と行く末まで見守りたいという感情がずっとずっと私は持っていたのです。
現世、彼の留学という形で彼に置き去りにされ、カルマは解消されたはずだったけれど、私の中では全然終わってなかったのです。
「もういいや」 と何度も思い、別の彼が出来ても、やはり、彼の幻影を追う始末だったから
でもこれで本当に 『最後に』 と言われたように、最後なのだと思います。
ここ富山に居続ける大きな理由がまた一つ、無くなりました
「彼が帰ってくるのを待つ」 と決め、富山に居続けたのですから。
そして、縁を結ぶ帯をつなげたままでは会えなかった、だって、また結ぼうとしたはずだから。私が姫様に返納したから、会わせていただけたのだと確信しています。
『本当の魂の伴侶に会うために最後の区切りとして元気な彼の姿を見せられた』 のです。
ここに至るまでに何年かかったのだろう…ずっと重い思いを持ってきました
近頃の浄化に次ぐ浄化の日々で、この隠れていた思いは波に洗われるように浮かびあがってきて、ついには手放せる段階にまで来たようです。
しかし、今までのように 「もう、平気」「全然、大丈夫」 などと見て見ぬふりや中途半端には出来ません。
よーーーーく見て、消化して、本気の手放しをし、浄化できるように、十分な時間をかけるつもりです。
私にとってこの元彼とのことはそこまでの大きな出来事なのです。
”歩く前に走ろうとしてはいけない” から。
痛くても、泣いても、受け入れよう、現状と将来を見据えていきます

